徒歩通勤30分、「何も考えたくない」と思いながら結局タスクを考えている話

現場のリアル

徒歩通勤30分です。

工場まで歩いて30分。自転車でもいけるけど、あえて歩いています。理由は特にない。強いて言えば、「何も考えたくないから」です。

でも実際は、歩きながらずっと何かを考えています。

■ 行きの30分:何も考えたくないのに、タスクが浮かんでくる

朝、私服のまま工場に向かいます。着替えは工場でします。

頭の中では「今日は何も考えないでおこう」と思っています。でも5分も歩くと、今日やるべきことが勝手に浮かんでくる。

今日のライン、確認しないといけない箇所。引き継ぎで言い忘れたこと。先週のあの件、どうなったっけ。

歩いている間、脳は全然休んでいません。

意識してシャットアウトしようとするんですが、タスクの方が強い。職場に着く前から、もう仕事が始まっています。

これが毎朝30分続きます。「何も考えない時間が欲しくて歩いているのに、考え事の時間になっている」という矛盾した通勤です。

■ 帰りの30分:ふう、終わった。でも将来の不安が来る

帰りは少し違います。

工場を出た瞬間、「ふう、終わった」という感覚がある。これは本当に毎日あります。達成感とかじゃなく、ただの「終わった」という安堵感。

でも5分も歩くと、今度は将来の不安が浮かんでくる。

このまま工場で働き続けていいのか。給料は上がらない。スキルがつく気がしない。10年後、20年後、自分はどこにいるんだろう。

行きはタスク、帰りは将来の不安。

30分の通勤が、一日二回の「正直な時間」になっています。

職場では取り繕うし、家に帰ったら気を抜く。でも通勤中だけは、自分が本当に感じていることが素直に出てくる気がします。

■ ずっと聴いている曲の話

歩きながらイヤホンをしています。

よく聴くのは中島美嘉さんの「僕が死のうと思ったのは」という曲です。タイトルだけ見ると重いんですが、最後が明るく終わる曲なんです。

しんどい状況を全部引き受けながら、それでも最後には光がある、みたいな終わり方。

将来の不安を抱えながら歩いている帰り道に、なんか合うんです。救われる感じがある。

別に死にたいわけじゃないけど、工場帰りの夜道でこの曲を聴きながら歩いていると、「まあ、もうちょっと足掻いてみるか」という気持ちになります。

音楽って正直だなと思います。

■ 徒歩通勤、向いている人・向いていない人

10年やってきて、徒歩通勤が合うのはこういう人だと思っています。

向いている人

  • 移動中に考えごとをしたい人
  • 職場との切り替えが苦手な人(歩く時間がバッファになる)
  • 軽い運動を日課にしたい人

向いていない人

  • 通勤時間を完全な休息にしたい人(自転車の方が頭が空になる)
  • 天候に左右されたくない人
  • 急いで帰りたい人

僕は「考えたくないけど考えてしまう」タイプなので、正直自転車の方が向いているかもしれないです。でも歩くのをやめられない。

たぶん、この30分が一日で一番自分と向き合える時間になっているからだと思います。

■ まとめ:通勤中が一番正直になれる

家でも職場でもない、移動中という宙ぶらりんな時間。

誰とも話さず、何かに集中するわけでもなく、ただ歩いている30分。

タスクが浮かんでくるのも、将来の不安が来るのも、好きな曲に救われるのも、全部この時間の話です。

工場員をやっていると、「本当のことを考える時間」が意外と少ない。通勤中くらいしか、自分の本音と向き合えないのかもしれないと最近思っています。

まだ答えは出ていないけど、今日も30分歩きながら考えます。


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